“苦しむことなくきれいなままで”

 

 

 

そう言う人って結構多い

 

 

 

最期くらいそうしたいって

 

 

 

けれどこれって
どのくらい叶うのでしょう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最期は穏やかにすごしたい」

 

 

 

 

そう思う気持ちは
とても、とてもわかるのです
痛かったり苦しいのは嫌ですものね

 

 

 

 

でも突然人が倒れたらきっと
周りは全力で止めると思います

 

 

 

 

救急車よんで
骨が折れるほどの心臓マッサージ

 

 

 

 

本人は意識がないし
病院に着いてからは
無理やり色んなもの入れられて
血まみれに管まみれ

 

 

 

 

時間が経てばむくみもヒドくて
ドラマみたいに綺麗なわけがない
もちろん少しでも
綺麗にとは思うけれど

 

 

 

 

でもだからって
すぐ元気になるかもしれない
だから絶対に
手を止めるわけにはいかない

 

 

 

 

 

ー*ー*ー*ー*ー

 

 

 

 

 

突然くるかもしれないその日を
人は自分で選ぶことが出来ない

 

 

 

 

選ぶのは
基本血の繋がった家族

 

 

 

 

どんなに親しい間柄だとしても
血縁か戸籍上の家族でなければ
決断を迫っても良いものか
初見では判断できることは少ないのです

 

 

 

 

突然呼ばれて突然宣告されて
「何もしないで下さい」
そんなこと言える人は少ない

 

 

 

血が繋がっていなければなおさらで

なんならそうやって
決断してくれる人すらいないこともある

 

 

 

 

それは家族も友人もなく
とても孤独に生きてきた証拠

 

 

 

 

まさかと思うかもしれないけれど
実は高齢でもこういう人ってとても多い

 

 

 

 

そしてそれはまさに
人間関係が希薄になっている
現代の、闇。

 

 

 

 

 

ー*ー*ー*ー*ー

 

 

 

 

 

医療は進歩しています
太いふとい管の機械も
劇薬ともなるお薬もたくさんある

 

 

 

 

助けられないこともあるけれど
命は取り止めても
重度の障害がのこることもある

 

 

 

 

結果として望まない形の
「生」になることも実は多い

 

 

 

 

どうやって生きたいかも
どうやって生きてきたかも
全く知らない人たちが
「生」のためだけに手続きをする

 

 

 

 

それがまぎれもない現実なの

 

 

 

 

そしてそこからまた病魔が襲う
じわじわと苦しめられる身体
だって永遠の命なんてないんだから

 

 

 

 

ガンなどで身体を
ゆっくり蝕むものもあるけれど
それだって決断は苦しいもの

 

 

 

 

そしてみんながみんな
ゆっくりとは限らないのです

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はっきり言って自分の最期は
自分の周りにどう生きたいと思わせたか

 

 

 

 

それを知らない人が多すぎる

 

 

 

 

知らないから話さない
話さないから知らない
いや、
知ってても話さないかも

 

 

 

 

知らなければ知らないほど
人と疎遠になっていたり
1人で生きていけると思い込む

 

 

 

 

けれど人は1人では
最後は何にもできないの
物理的にも経済的にも
そして何より人としても

 

 

 

 

人が生きるということは

 

 

 

人との繋がりをつくることと
意思ある言葉と信頼の積み重ね

 

 

 

 

これだけだと思うのです

 

 

 

 

人は誰だって老いる
いつまでもいつまでも
元気なわけがないでしょう

 

 

 

 

どうして何十年も生きてきて
一人も支えてくれる人がいないの
どうして何十年も生きてきて
駆けつけてくれる人がいないの

 

 

 

 

何度もなんども言うけれど

 

 

 

 

ひとりで生きるということは
孤独に生きるということではないの

 

 

 

 

もちろん事情によっては
縁を切りたい関係もあるでしょうし
人はいろんな過去を抱えてる

 

 

 

 

でも絶対に
それだけではないこともある

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現実はドラマのようにはいかない

 

 

 

 

日本には記憶にもないご先祖様を
迎える習慣まであるのに
でもきっとこういう面は
多くの人が自分のことでも二の次で

 

 

 

 

時々モヤモヤを通り越して
イライラとすることがある

 

 

 

 

私の信念の一つはやっぱり
こういうところだと思うのです

 

 

 

 

もちろんそれは
私自身をふくめて、で

 

 

 

 

目立つことが嫌いな私が
コーチになった理由だって

 

 

 

 

人は想像以上に自分と他人に
向き合わないといけなくて
信頼を積み重ねられる人を
もっと増やしたいと思ったから

 

 

 

 

自分の人生を諦めてしまう人の
そのなれの果てを見てきたから

 

 

 

 

自分の信念や思いを
丁寧に読み解き周囲との信頼を築く
それがコーチングと知ったから

 

 

 

 

コーチとしてそうやって
人に関わることができたなら

 

 

 

 

私の思いも達成すると確信したから

 

 

 

 

せっかく生きるのなら
多くの人がまだ想像できていないであろう
「最期」まで暖かく過ごしてほしいと

 

 

 

 

怖がることなく美しく
人生を進んでほしいと

 

 

 

 

私はそう、思うのです

 

 

 

 

“苦しむことなくきれいなままで”

 

 

 

 

これってどのくらい
叶うと思いますか?

 

 

 

 

では