どうしてこの人は、

 

 

誰も呼ぶ人がいないんだろう
駆けつけてくれる人がいないんだろう

 

 

 

どうしてこの人は、

 

 

泣いてくれる人がいないの?

 

 

 

 

 

ー*ー*ー*ー*ー*ー

 

 

 

 

 

私の仕事は職業柄、
亡くなった患者さまへの
お手伝いをすることが多いです

 

 

 

怖くないの?
そんなことも言われたことがありますが

 

 

 

さっきまで生きていた人間です
お身体を触ることに躊躇はありません

 

 

 

正直言って死後の処置より
生きるための処置の方がエグいです

 

 

 

そんな苦痛に頑張った患者さまへ
お疲れ様って労ってあげるのが
私が唯一出来ること。

 

 

 

けれど中には
割と急な方もいらっしゃいます

 

 

 

一生懸命ご家族を探し回っても
引き取らないと言われたり
本当に見つからない時もあり

 

 

 

まる1日くらい
病院の霊安室でひとり残され
誰にも見送られることもなく
結局は福祉の力を借りて
ひっそりと病院を離れる方も
中にはいらっしゃいます

 

 

 

その一方で

 

 

 

患者さん本人が見えないくらい
深夜でもたくさん人が集まり
見守られて逝く人もいらっしゃいます

 

 

 

どっちがいいとか
どっちがダメとか
そういうわけじゃないけれど

 

 

 

いつも思うんです

 

 

 

生き方があらわれているな、と。

 

 

 

 

 

ー*ー*ー*ー*ー*ー

 

 

 

 

 

 

もちろん遠方すぎて
立ち会えないこともあるし
事件や事故の場合もある

 

 

 

病院では寂しかったけど
お葬式では賑やか!
そんな方もいるでしょう

 

 

 

私の目にうつるものは
ほんの一部にしかすぎない。
人はそんなに簡単なものではない。
それは本当にわかっているつもり。

 

 

 

でもやっぱり、
最期のさいごに見えるのは
その人の人生の形。

 

 

 

歳を重ねていけば
関係が希薄になることもあるけれど

 

 

 

自分自身疎かにしていくと
そのスピードは一気に加速する

 

 

 

言葉を話せない人も
読み書きができない人も
この国にはほとんどいないのに

 

 

 

それに気づけないままなのが
本当に惜しいのです

 

 

 

誰しも子供の頃はきっと
もっとキラキラした未来を
想像していたはずなのに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つい最近ですが、
ご友人同士本当に本当に
大切にされている姿を見る機会があり

 

 

 

 

「大事なんだ!」
と声高々に言える関係に
率直な感想は

 

 

 

あー、いいなぁ、と
本当に素敵だなぁと

 

 

 

嬉しいことは一緒に喜ぶし
何かあったらきっと飛んでいく
あたたかい関係なんだろうなぁと

 

 

 

 

“生き方があらわれるとき”

 

 

 

あなたはどう思いますか?

 

 

 

 

私自身もこれからの
大きな課題だと思います

 

 

 

自戒の念も込めて。

 

 

 

 

では